2016-01-31

日々雑記 2016 Jan. #3

22日(金)

今日は「カレーライスの日」なのだそうだ。ということで、お昼のメニューは決まったな。


じゃがいもとキャベツのカレー(味のなにか)ライス。つけあわせは、にんじんの塩もみに酢をかけて黒胡椒をふったもの。

夜は湯豆腐にしようと、近所のスーパーに豆腐とねぎを買いに行った。はずなのに、気づいたら3階の書籍売場にいて、ワゴンセールの本の中に、めだかの本の「魅惑の仏像」シリーズ(毎日新聞社) のうち、持っていない「奈良・法隆寺 釈迦三尊」と「奈良・薬師寺 薬師三尊」をみつけて購入。得しちゃったなあとホクホク帰ってきた。豆腐とねぎは買い忘れた。縁ありと雖も度し難き衆生なるかな(違

魅惑の仏像 釈迦三尊―奈良・法隆寺金堂 (めだかの本)
小川 光三 西川 杏太郎 山崎 隆之 西村 公朝 小川 瞳 高田 良信
4620605646

魅惑の仏像 薬師三尊―奈良・薬師寺 (めだかの本)
小川 光三 毎日新聞社
4620605662


23日(土)

生まれて初めて読書会なるものに参加。初めてで勝手がわからないのと、テーブルにつく人数が多かったのと(まあ、その他もろもろの理由もあったのだけど)で、あまり自由な意見交換ができなかったのだけど、近くにいた人々と意気投合、会がはねてから喫茶店で勝手に二次会開催。これがまた、全員初対面とは思えないほど話がはずみ、はずんだのはいいが脱線につぐ脱線、話題は課題本の登場人物プロファイリングから「ナマコとナメコの語感の差異」と多岐にわたり、なんだか異様に楽しくて、コーヒー1杯で3時間ねばってしまった。本会ではこんな感じでやるのはまず無理だっただろうから、さっさと帰らなくてよかった。


24日(日)

文楽初春公演を観に行ってきた。エントランスには、


 ……なんだこれ。こんなの、いつできたの?(前回来たときにはなかった) (でかい)(ものすごく)

今回は第1部を鑑賞。まずは『新版歌祭文』より「座摩社の段」「野崎村の段」。お染・久松ものですね。文楽の登場人物はあれですね、だいたい色男はしっかりしてないんだけど、久松もしっかりしてませんね。(こんな感想でいいのか)

お昼は劇場の売店で売っている文楽弁当。おいしい。


休憩終わり、次の演目は、昨年人間国宝になられた八代豊竹嶋大夫さんの引退披露狂言『関取千両幟』「猪名川内より相撲場の段」。客席から「嶋大夫!」「たっぷりと!」と声がかかる。三味線は鶴澤寛治さん。嶋大夫さんは女房おとわ(人形は吉田蓑助さん)を語られた。力士猪名川を語られる英大夫さんとの掛け合いがしみじみと、いい。ああ、もう聞けないのだなあ。

最後は『釣り女』。大名と太郎冠者が出てくる、狂言の演目。バカバカしくも、面白い。楽しいのが正月らしくていい。


26日(火)

仕事帰りに電車で本を読んでいたら、

「イバラキはー、モリオカ」
「え、モリオカ?センダイ?」
「えー?センダイはー、ヤマガタ」
「あー、ヤマガタ!あれ?ヤマガタは、オカヤマー、ヒロシマー、ヤマガター、シマネー……トットリ?」
「トットリはトットリちゃうやんね?」

という数人の会話が聞こえてきて、もう読書どころではなくなった。なんなのだこれは。そもそもなんの問答だかよくわからない(県庁所在地かなんかだろうか)ので、なにがとは明確にいえないが、なんか……なんかもう、どれもこれも合ってないという気がしてならないのだが、気のせいだったらどんなにかいいのに。



28日(木)

とある理由で、別のところで書いた記事を再掲( 「【Archives】 許せサンドラール」 )。ひでえ勘違いっぷりを晒しておく。


29日(金)

マノエル・ド・オリヴェイラ監督『アンジェリカの微笑み』観てきた。オリヴェイラ101歳のときの作品。映像も音響も素晴らしく、オリヴェイラらしいユーモア(でいいんだろうか?)も楽しめた。東京ではただいま追悼上映をやってるらしい。関西でもやるのだろうか。やってほしい。『アニキ・ボボ』もういっかい観たい。


31日(日)

帰宅したら、きょうと市民しんぶんが届いていた。ここ何回かの「どうかしている」系か、と身構えたが、パッと見、「ごみの妖精」とか「空家のジジョー」とかああいうのに比べて今回比較的まともだなと思ったのだが、


マスコットのミッケ(今日はじめて名前を知った)よ、「誰だと思ってる?」ってその返しはおかしくないか? キミが何様なのかわたしは知りたい。

2016-01-28

【Archives】 許せサンドラール

前回の日記にいただいたコメントへの返信で、「勘違い大王」たる実例を出そうと思ったのだけど、モノを見ていただいたほうが早いということに気づいたので、4年前に別のところで書いた記事を再掲いたします。手抜きじゃないです。ないです。


許せサンドラール

2012-01-30 22:03:56 
テーマ:本との生活 


ブレーズ・サンドラールはわたしにとって「丘の上の王子様」である。

サンドラールはスイス出身の詩人・小説家。なぜ「スイス出身」と書いたかというと、30歳を目前にしてフランスに帰化したので。そうとう波乱万丈な人生を送った作家。

世界の果てまで連れてって!… (生田耕作コレクション)
ブレーズ サンドラール 生田 耕作
4560045445


この小説はすごかった。往年の名女優テレーズが、70歳過ぎてなお街角で男を拾っては 安宿にしけこむという、それが小説の幕開け。いや、ゲテモノ小説じゃないんだけど、こんな紹介の仕方ではそう思われてもしかたない。しかし今回それが本題 じゃないので、この小説に関しては、またいずれ。ともかく、わたしはこの小説でサンドラールをはじめて読んだのだと思っていた。


人の記憶はあてにならない。


小学生のとき読んだ本を、読み返して愕然とした。

北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』がその本。

どくとるマンボウ航海記 (新潮文庫)
北 杜夫
4101131031


小学生のときに読んだのは中公文庫版だったけど、今読んでるのはこの新潮文庫版。この本の、「これが海だ」という章にブレーズ・サンドラール(作中では「サンドラルス」と表記)の詩が引用されていて、その詩はよく覚えていたが、書いた人の名前は欠落していて、そればかりか、そのあとの記述についての記憶違いがはなはだしかった。

どの本の著作目録の末尾にも、「あと三十三冊準備中」と書かれている、というくだりがあるのだが、わたしは最初に読んだとき、それを書いた人は、「なだいなだ」だと思っていた。 この本は精神科のお医者さんからもらった本の一冊で、ほかにも精神医療関係の本や、精神科医兼作家(北杜夫もそうだ)の本もたくさんあった。なだいなだもそうした作家の一人だったので、さっそく著書を引っ張り出して、確かめてみた。……なんだ、書いてないじゃないか。不思議だとは思ったが、あまり こだわる性格でないうえに、昆虫好きだった(当時はね)わたしは、そのまま『どくとるマンボウ昆虫記』に突入して、一切を忘れてしまった。で、途中『怪盗 ジバコ』や『さびしい王様』などに寄り道しつつ、『どくとるマンボウ途中下車』、『どくとるマンボウ青春記』と快調に読み進み、再び『航海記』に戻ってき たのであった。

二度目に読んだとき、「なだいなだ」だと思っていたその作家は、実は「チャーリー・チャップリン」だったとわかったのであった。ああ、なんという勘違いをしていたのか。自分のことながら恥ずかしい。

そして月日は流れ、とある理由から(「具沢山恐るべし」参照 )、ただいま『航海記』を今読んでいるのだが……

ああ、恐ろしい。なんでこうなるのか。

問題の部分を引用する。

 サンドラルスは我国ではあまり知られていないが、……放浪にあけくれした彼の生涯自体が、 すでにホメロス的な巨大な作品なのである。……一八八七年パリに生まれた彼が最初にエジプトにいた父のところに旅したのは生後五日目のことだっ た。ニキビのできる年頃になると……父にアパートの七階の部屋に幽閉されてしまったが、軽業師そこのけにバルコニー伝いに脱出してしま い、……ロシア、アルメニア、中国などを行商して歩いた。……ロンドンのミュージックホールで手品をやっていたとき、同じ舞台でアルバイ トにピエロをやっている医学生がおり、楽屋でショウペンハウエルなぞを読みふけっていたが、その名はチャーリー・チャップリンと言った。……彼はこうした放浪の合間に発作的な勢いで作品を書いているのだが、六十歳を迎えると、おれは自分が作家としての才能があることにいま気づいたと宣言し、なだ[いなだ]君によれば、最近も彼はとんでもないエネルギーで続々と新作を発表している由だ。いかにも彼らしいのは、どの本を見てもその著作目録の末尾には次の一行がつけ加えられていることである。「あと三十三冊準備中」 (pp. 19-20)
 (注:強調は引用者による)

なにを読んでいたのだわたしは。それでよく中学校に行けたな。義務教育に感謝するがよい。

サンドラールとは、小学生のときにこの本で出会い、出会ったことを完璧に忘れていた状態で小説を読み、今回この本を読んだことでねじれた形で再会を果たした。面白いものだ。あのときのあれはあなただったのね、みたいな。で、丘の上の王子様。いや、人魚姫か。ん?同じか?


……落ち着いて、話を整理しよう。

 
初めて会ったときに、ほかの有名人と勘違いした→もう一度会ってそれが別の有名人だと思い込んだ→年月を経て別の場所で会ったときに、初対面だと思った→さらに時が経ち、初めて会ったところを訪れてみたら、その人は、ずっと以前に一度会っていたあの人だとわかった、という流れ。


……なんだぜんぜん違うじゃないか。丘の上の王子様でも人魚姫でもないな。これだから困る。いいかげんしっかりしたらどうなんだ。でもこういう話、映画とかでありそうだな。

ともかく、冒頭の文に誤りがあった。これは、ブレーズ・サンドラールはわたしにとって「丘の上の王子様」である、という記事を書こうとして挫折した記録である。


人の記憶はあてにならないが、わたしの思いつきもあてにならない。

2016-01-20

日々雑記 2016 Jan. #2

11日(月)

少し前にピエール・ブーレーズの、そして今日はデヴィッド・ボウイの訃報。好きな人がどんどんこの世界からいなくなってしまうのに、新しい「好き」はなかなか生まれない。よろしくない傾向。


12日(火)

映画監督のギレルモ・デル・トロのことば。


「ボウイがいてくれたから、ぼくらみたいな周囲に馴染めない人間は、変わってるってことは値打ちのあることなんだとわかった。彼はこの世界を決定的に変えたんだ」

うん。うん。

帰りにいつも世話になっている書店の店長氏と話す。「ボウイの好きな本100冊」 ってのをネットで見たというと、「フェアやりたい!洋書置けたらなあ……」とため息をついたので、邦訳があるヤツでやったらいんじゃね?となんの気なしにいったら、どんなのが出てるの、と目キラッキラさせて尋ねてきた。藪つついて蛇出しちゃった感があるが、まあ、協力しましょか。(ご興味がおありの方はこちらをどうぞ→ " David Bowie's 100 Favorite Books "


13日(水)

昨日のボウイ本、現在流通していて、なおかつ返品制限にひっかからなさそうなものをリストアップして店長氏に送信。すぐ返信があり、いまその書店には、全店の文芸書を統括している人がいるとかで、企画出しても通らないかもしれないとのこと。あのリスト作るのに3時間かけた(書名・著者名の考えられうる日本語表記と、英語表記の両方を検索したりで時間かかるんだこれが)のだよといったら「ボウイフェアできなかったら射殺されますね」というお答えが。ワシは何者やねん。ゴルゴか。しかし、品切れ・絶版多いな。え、まさかこれが!?といいたくなるほどのものでも、今流通してないものがある。


14日(木)

明日は休みなので(「なので」ってなんだ)、仕事帰りにサキ『けだものと超けだもの』を買った後、用事があって立ち寄った店のおじさん(本好きの江戸っ子)が、宮部みゆき『桜ほうさら(下)』を読んでいたので、なんの気なしに「宮部みゆきですか。読んだことないんですけど、面白いですか」と聞いてみたら、「貸してやるよ」と奥から上巻を出してきてくれた。「こっち(下巻)は明日読み終わるよ」といってくれたが、しばらくここに用事はない。上巻をありがたくお借りして帰り、サキともども積み本の一番上に置いた(次に用があるときに下巻も借りて、一気読みしようと思っただけで、決してないがしろにしているわけではない)。

けだものと超けだもの (白水Uブックス)
サキ 和爾 桃子
4560072043


桜ほうさら(上) (PHP文芸文庫)
宮部 みゆき
4569764819


そういえば、最近読んだ本、池澤夏樹『マリコ / マリキータ』、イスマイル・カダレ『夢宮殿』と、2冊連続で解説が沼野充義だった (間にフジモトマサル『ダンスがすんだ』を読んだけど、これは以前読んだ本をプレゼンのために読み返したので、カウントしない)。だからどうだということはないのだけど。

マリコ マリキータ (文春文庫)
池澤 夏樹
4167561018


夢宮殿 (創元ライブラリ)
イスマイル・カダレ 村上 光彦
4488070701


ダンスがすんだ
フジモトマサル
4104704016


17日(日)

午後から風が強くなった。仕事帰りに向かい風の中を歩いていると、トロ箱が転がりながら脇を過ぎていったが、それに貼られたラベルには「かに物語」と書かれていた。こういうネーミングって結構あるような気がするが、商品名を「○○物語」にするのと、レシピ本のタイトルを「○○さんちの~」にするセンスはすごいとしかいいようがない。だが問うなかれ、「なにがすごいの?」と。(答えません)


18日(月)

午後から大阪へ。久しぶりすぎて、ウメチカで盛大に迷う。大阪人以外で、目的地にスッと行ける人がいたらお目にかかりたいくらいなので、特に恥ずかしいとは思っていないが、目的地が駅前第3ビルであったことは伏せておいたほうがいいだろうな、と思いつつ書いてしまったわたしは救い難い自虐体質なのか。それはともかく、何度か同じところを通りながら、やっとこさ目的地にたどりつき、用事を済ませ、そのあとはスムーズにホームポジションの阪急梅田駅に帰り着いたが、次回迷わず行ける自信はあまりない。もう「ウメチカ」って通称をやめて、「ラビュリントス」にしたらいいのに。最奥部には、たしかミノタウロスが幽閉されているんでしょ、ウメチカって。

せっかくだから、伝説の名作へのリンク貼っとこ。ウメチカを舞台にした堀晃(コーコーセーのころ、新潮文庫 『マッド・サイエンス入門』、夢中で読みました)のSF作品だ!(→ 『梅田地下オデッセイ』  )

そのあと、阪急の古書店街で何冊か古書を買い、茶屋町の某大型書店に立ち寄る。まずはエスカレーターで最上階まで行って、各階見ながら降りる作戦。最上階は児童書など。すごい品揃え。しかしあまり本がたくさんあると、かえってよく見ることができないのも貧乏性といってよいものなのだろうか、などと考えつつ酔ったような気分で見て回る。岩波少年文庫のラドヤード・キプリング『ジャングル・ブック』を買おうじゃないか。前に読んだのは子供のころ、詩人としてのキプリングを知る前だったのだから。しかも我が家にあったのは「ディズニーえほん」だし。しかしよく見ると、抄訳版なのだった。ならば下の階が洋書フロアだし、そこで探すか。

洋書フロアで検索機を使おうとすると、「検索機は洋書には対応していません。カウンターでお尋ねください」と貼り紙がしてあった。不便じゃのう、と思いつつ、「洋書の検索をお願いしたいのですが」と申し出る。カウンターにいた若女子が、「文学作品ですか?」と尋ねてきたので、そうだと答える。「では、係の者をお呼びします」とおっしゃる。機械検索じゃないの?と訝る間もなく、「係の者」さん登場。「どういったものをお探しで?」「あ、アノウ、らでゃーど・きぷれん ノ『 だ・じゃんごー・ぼく』 ナンデスガ……」(洋書売場なので、なんとなく英語発音に近づいてしまう。このとき日本語部分も何故かカタコトっぽくなるのが不思議)というと、「ハッ!」というなり走り出したので吃驚した。「ハッ!」てなんだ? おぬし、さては忍びの者か? とかアホなこと考えていては見失うので、小走りでついて行く。「係の者」氏、まっすぐに「ぺんぐうぃん・くらせくす」の棚を目指して走り、「んー……いま切れてますねー。あ、ジュブナイルでよければ!」とまた走り出す。たのむ、待って! 果たして「ぺんぐうぃん・ぼくす」の児童書部門「ぱふぇん・ぼくす」版で見つかった。「係の者」氏が機械より速いということが、よーくわかった。マジですごいと思った。「あとは、これが書き直したものかどうか、ですね」と確かめてくれる。なんときめ細かい。完璧だ。いきなり走り出して客をおいてきぼりにさえしなければ。「ああ、大丈夫ですね」と手渡してくれる。お礼をいって、本を見る。装画が美しい。が、買わない。ごめんなさい。(岩波少年文庫版は買いましたので許してください)

ジャングル・ブック (岩波少年文庫)
ラドヤード・キプリング 五十嵐 大介
4001142252


The Jungle Books (Penguin Classics)
Rudyard Kipling
B00BG292UK


The Jungle Book (Puffin Classics)
Rudyard Kipling Christopher Paolini
0141325291


19日(火)

部屋の鍵で自動改札を通ろうとした(3回目)。

しかし今日は寒い。部屋の中で息が白いのはこの冬はじめてかもしれない。晩飯のあったかスープが、体を温める暇もなく、恐るべき早さで冷めていく。寒い。


20日(水)

目が覚めて、カーテンを開けると、


これだ。今日は自宅で作業する日でよかった。



カラスさんたち。

雪は正午にはやみ、日がさしてきた。夕方まで作業を続けていたら、「ガラパゴスペンギンを小脇に抱えてちょっとそこまでお出かけしたい欲」がどうにも抑えきれなくなってきたので、これは疲れているなと思い、作業をやめて、切れそうになっていた味噌を買いに外へ出る。

晩酌は、味噌鍋(白菜キムチ入り)。


うめええ。

2016-01-10

日々雑記 2016 Jan. #1

1日(金)

元日であるが、従来の生活様式を変えない超早起きテレビっ子の父は、朝の5時前から録画していた海外ドラマを居間で観ている。そんなことがなんでわかったかというと、居間の真上の部屋でわたしは寝ていたから。寝なおそうと思ったけど、無理だったので起きる。あけましておめでとうございます。

朝は雑煮とおせち。わたしにとって元日は、ああ、わたしは数の子が大の苦手だったのだと思い知る日なのであった。年に一度、ひと切れしか食べないから、あと364日は数の子のことなどきれいに忘れているのだ。なにがダメって、それ自体にうまみはないし、あの歯ざわりがきゅっきゅするのがダメだし、噛んでいるときの音、これがまたいかん。他人が噛んでいる音さえ聞いていたくない。そして、どれだけ噛んだら飲み込んでいいのか判断できないのも腹立たしい。好きな人がいたらお目にかかりたい、と思っていたら、すぐそこに母がいた。好きなんだって。

午後、川の方へ散歩に出る。(散歩記事はこちら→ 「川のほうへ――正月散歩(前)」


2日(土)

今日の散歩は山の方へ。(散歩記事はこちら→ 「山のほうへ――正月散歩(後)」 )妹家御一行様、わたしが散歩に出ている間にやってくる。

姪っ子どもにお年賀の絵本を与える。姪っ子2(2歳)は 阿闍梨餅に夢中で、こちらを見もせずに片手で受け取るので、妹が「2ちゃん、あんた練習したんねーか、こうやって(両手で受け取る仕草)『ありがとうございます』って……」と呆れているが、まあこの年頃は複数のことを同時にはこなせんだろう。餅食ってるときに渡したわたしが悪い。

そして受難の時が来る。まずは「なんかキラキラしたDVDを見続けさせられる刑」、そして「姪1(L)と姪2(R)がそれぞれ勝手な歌うたっててステレオ状態の刑」、さらに「絵本読んで~(エンドレス)の刑」に次々と処せられた。帰省するにあたり、「こんなに読めないだろう」と思いつつも、そこは悲しい性で本を10冊持って帰ってきたのだが、もしかすると1冊も読めないかもしれない(自分用は)。


3日(日)

朝飯食べてから、姪っ子どもの散歩につきあって、近くの神社へ。姪っ子1(4歳)に尋ねられて、木にとまっている鳥はシジュウカラ、青い実のなっている草はリュウノヒゲ、と名前を教えた。つぎに会うときまで憶えているだろうか、と某呟き処で呟いたら、「あの年頃は、こちらが忘れている妙な事まで覚えている事がありますから、もしかしたら……」と返信をいただく。そうなんだよなあ。あ、それで思い出したが、姪っ子2の「おならうた」の擬音(→ 「日々雑記 2015 Nov. #1」 11月6日の日記参照 )の実演を見たのだった。まさにあのとおり、

妹 「いもくって」
姪2 「ぶ」
妹 「くりくって」
姪2 「ぼ」

だった。字はまだ読めないので、耳で完全に覚えたのだな。幼児はすごい。

妹家御一行様は昼過ぎに帰って行った。それはそれは静かになった。
父 「正月も終わったな……」
あの、まだわたし残ってますのですが。


4日(月)

本の買い初め。


パソコンの本は母用。ちょっと恥ずかしいので、自分用でサンドしようかと思ったが、大きさ的に無理だった。ダシール・ハメット『マルタの鷹』、これにはちょっとした思い出がある。学部3回生のとき、わたしは英語学ゼミに所属していて、夏休みに「200ページ程度の本を一冊選んでなにかやれ」という課題が出たので、The Maltese falcon に頻出する無生物名詞の属格について書いたのだった。教授には褒められたけど、それはたぶんほかのゼミ生とぜんぜん違うことやってたからだし、だいたい「無生物名詞の属格」をテーマにしたのだって、一冊の本に登場する数がかなり少ないはずなので、みんながやってるみたいに何百というサンプルを集めて分析しなくていいというヘタレな動機だったわけで、「このテーマで卒論を書くといい。 ほかの小説や、新聞・雑誌なども分析対象にしてやりなさい」と激励していただいたけれども、正直そんな根気はなくて、だから英語学向いてないなと思い、学期の終わりに「文学ゼミに変わりたいんですが」と申し出たのだった。教授はこころよく送り出してくれた。ようでいて、酒飲むたびに、「キミは僕のゼミを出ていったんだったね……」と絡んでこられるのが恒例であったが、そんなことはどうでもよろしいですね(ひどい書き方だけど、とてもとてもいい先生なのです)。あの夏、さんざん読んだ小説を、まあ、なんだか懐かしい作品にまた出会った気がして買ってしまったのだ。もちろん、ポール・オースター『オラクル・ナイト』(柴田元幸 訳 新潮文庫)をちょこっと読んだ影響もある。

光線 (文春文庫)
村田 喜代子
4167902893


マルタの鷹〔改訳決定版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ダシール ハメット 小鷹 信光
4150773076


オラクル・ナイト (新潮文庫)
ポール オースター Paul Auster
4102451161


夕方、餅を少し持たせてもらって、帰る。正月休みは今日で終わり。明日から通常モード。


5日(火)

出勤してしばらくしたら、のどが痛くなってきた。実家の人々及び姪っ子2は風邪が治ったばかりということだったが、治ってなかったんじゃないのか。全員ときどき咳きこんでたし。今月は寝込むわけにはいかんので、昼休みに風邪薬を買って飲んだら、猛烈な眠気に襲われ、作業中何度も落ちて、変なキーを押してたり、考えられないようなミスしてたりしていてさあ大変。成分表をよくよく見たら、無水カフェインが入ってない。日中飲めないなこれ。いやそれより、仕事終わってから、文博に山中貞夫監督 『河内山宗俊』(大傑作)を観に行くのだけど、起きていられるだろうか。と心配だったのだが、あにはからんや、ばっちり起きていられた。仕事とは取り組む勢いが違うようで、なによりであった(いや問題だろうよ)。


6日(水)

今日は休みなので、18きっぷで岡山方面へ。久しぶりに吉備津へ行ってみようと思ったのだ。神社用の御朱印帖は吉備津神社で購ったのだった。見てみたら「平成十六年八月二日」とある。そんなに前だったのか。ということで、12年の歳月は吉備津をどう変えたのか、という壮大なテーマに挑む野心作!などわたしがやるわけないじゃないですか。まあ、いつもながらの珍道中をなんぞ書こうとは思っておりますです。


7日(木)

やっとこさイスマイル・カダレ『夢宮殿』読了。これはかなりいい。著者のほかの作品も読みたい。


8日(金)

今日は18きっぷで遠出できる最後の機会なので、熱があるようなのは気のせいということにして、朝まだ暗いうちに家を出て、名古屋へ。美術館2館をハシゴしてきた。これはいずれ書くつもり(またか)。しかしこれだけはいっておこう。ヤマザキ・マザック美術館(企画展や一部作品は不可だけど、館内及び作品の写真撮影可という素晴らしい美術館)で開催中の「ルネサンスからルオーまで 聖なる風景」、ジョルジュ・ルオーの「ミセレーレ」がとんでもなく素晴らしいので皆見るように。この企画展の呼びものの、ムリーリョの「アレクサンドリアの聖カタリナ」も、それはそれはよいものなんだけど、ルオーが強烈にいい。この企画展、とてもいいんだけど図録もポストカードもないから(開催館所蔵作品、及び「聖カタリナ」等一部作品は所蔵館のポストカードを売っているけど、「ミセレーレ」のはない)、網膜に焼き付けておくように。あと、アンティークオルゴール実演、これは係員の方の説明がすごく面白くて勉強になるので、時間があればぜひ聞くように。


館内の様子。


9日(土)

今日から6連勤。連休って、なんですか? それはこの地方にもありますか?

風邪はひどくなりもしないが、治りもしない状態が長く続くやつらしい(貰った先からきいた)。それとは別に、頭痛がひどい。これは風邪と関係ない、いつものやつ。

読書メーターに『夢宮殿』の感想を書いた。以下引用。
粗筋から、政府が機械かなにかで国民の頭の中を覗いて管理するのかと思っていたが、読んでみたら自己申告制だった。しかしこっちのほうが実は怖い。人は目覚めると次第に見た夢を忘れてしまうし、夢を言葉にする段階で、覚醒した意識による補完・再構成は避けられない。夢自体が不確かなものであり、言語化され た夢は純粋性を保てず、夢の解釈は恣意性を免れない。そんな不確かで不純なものを拠り所に国は動き、人の命も左右される。そんな理不尽な世界にあって、 「なぜ?」という疑問には一切明確な答えは与えられない。末尾は美しいが救いはない。

書ききれなかったことをコメント欄にて。 
カフカがよく引き合いに出されるが、息苦しいような世界を描きながら、ユーモアがあるところはたしかにカフカっぽい気がする。ドアの取っ手ばかり見ている 高官とか、一旦下した解釈が心もとなくなって、慌てて一語付け加えて意味を逆にしてみたりするところとか、てっきり処罰されるものと思い込んで、昇進を告 示されているのに話ぜんっぜん聞いてない主人公とか、読んでてニヤニヤしてしまった。

それでも書ききれてない、なんだかモヤっとした感じ。まだなんかいうことあるぞ、という感覚が残るのも、この本ならでは、という気がする。

夢宮殿 (創元ライブラリ)
イスマイル・カダレ 村上 光彦
4488070701


10日(日)

本日の弁当。


白ごはん、焼き塩鮭、大根醤油漬け、甘辛ごぼう、ピーマンとにんじんの胡麻和え、その辺にあったものを手当たり次第に入れた味噌汁。早く起きたわりに、手が込んでないのは、この先の連勤に余力を残すためではない。ではなんなのかは、本人にも不明。ゆえに問うなかれ誰がために鐘は鳴るやと。其は汝がために鳴るなれば。ってなにいってんだ、ジョン・ダンは。いやジョン・ダンじゃねえ、ワシだワシ。

2016-01-09

山のほうへ――正月散歩(後)


【正月二日散歩】 2日(土)

本日も午後、散歩に出る。昨日は川コースだったので、今日は山コース。


小学生のころの遊び場だった山へ。当時こんな看板はなかった。



入ってすぐにある、防空壕跡(らしい)。ふさいである。



なにやら山肌が崩れた形跡(ちょっと怖い)。



アオキの実。


山頂着。標高48mのここは豊岡城(別名を亀城という。どんな形だったんだろう、と思って調べてみたら、天守の姿ではなく山容から来た名だそうだ)本丸跡だが、いまはなにも残っておらず、ベンチが置かれた展望台というか休憩所のようなところになっている。


枝を組み合わせたこれはなんだろう。暗号による連絡だろうか。見なかったことにしておくのが身のためなのか。



だれかカラスウリを食べようとして諦めたのだろうか。これ、わたしは食べてみようと思ったこともないけど、どうも熟したものは渋いらしく、鳥も食べない実なので、人間のしわざなんじゃないかと思う。



遊具のある場所もある。



しかしわたしが遊んでいたのはこういう斜面。クルミやクリを拾ったりしていた。それでいつも靴が(たまに自分も)ドロドロだった。



この山から、もうひとつの遊び場の山が見える。そちらにも行く。




ここは神社で、さっきの山と違って車でも登れるようになっている。



子供のころはそんなことしたこともなかったけど、もう大人なのでお参りしていくことにする。



妙に楽しげな「聞かざる」。「言わざる」は、なんとなく『ドカベン』にこんなヒトいたような気がするのだけど気のせいか?



狛犬かわいい。カメラしか持たずに歩いていたので、ポケットにたまたまあっただけの小銭をお賽銭にして、初詣(よって、帰りは無一文)。



こちらの山から、先ほどの山をのぞむ。たしかに亀のような。



通っていた小学校の通学路に、生徒たちを見守る……何者かが。わたしが子供のころは、もうすこし人間らしかったと思う。



路地の奥に小さなお社。ここで昔、夢のような光景を見た。よく晴れた朝、満開の桜の下で、小さな子がふたり、ござを敷いて座って遊んでいた。神様じゃないかと思った。



咲いてた。この花なんだろう。



廃屋。硝子戸の内に生えた植物が光を求めている。



雑居ビルの隙間から出てきたノラさん。いつか2階のスナックのおねえさんが「みーちゃーん、みーちゃーん」と呼んでいたのはこの子だろうか。うさんくさそうにわたしを一瞥して、別の隙間に入って行った。


家に帰ると、妹家御一行様が来ていた。さて、姪っ子たちの接待だ。4歳の姪1は大丈夫だろうけど、2歳になったばかりの姪2は、前回会ってから4ヵ月半経ったいま、わたしを覚えているだろうか。まあ、ちょっと自慢なことは「なぜか動物と幼児に好かれること」なので、さほど心配はしていないけど……そこ!「動物と幼児以外には好かれてないんだろ」とかいわない!(泣いちゃうから)

2016-01-07

川のほうへ――正月散歩(前)

【元日散歩】 1日(金)

明けまして、わたしはまだ暗いうちに起きた。わたしが使っていた部屋は寒いからと、別の部屋を使うようにいわれたのだけど、ここは居間の真上で、超早起きテレビっ子の父が見る、やたらセリフの多い吹き替え海外犯罪アクションドラマ(?)の音に、5時前にたたき起こされる部屋なのであった。おめでとうございます。


雑煮のもちは丸か角か、煮るか焼くか、お出汁は味噌か醤油か、そんなことについて聞くと、雑煮という料理名でひとくくりにされているけど、ほんとうに無限のバリエーションがあるんじゃないかと思うくらい、地域によって、また地域内でもおうちによって違うものだなと感心する。そんなわたしのうちの雑煮は、丸もちを煮て白味噌仕立て、具なしでトッピングは青ねぎと花かつお、だと思っていたら、花かつおなしが正解だった。


脳内で勝手にバージョンアップしていたらしい。

食卓では父がひとりで喋っている。以前から父のひとりごとが気になってはいたのだけど、だんだん進んでいる。食卓を囲んでいるのが、もともと口数の少ない母と、それに輪をかけて無口なわたしなので、レスポンスが極端に少なく、世に言う「ひとり暮らしをはじめると、ひとりごとが増える」というのが腑に落ちた。

しかし父の饒舌とわたしの無口には、明らかに相関関係がある(ように思う)。父の発言は、頭に浮かんだ考えを、頭にとどめておかずそのまま口に出しているようなので、どう返事していいのかわからないものが多い。返事ができないでいるうちに、次の話題に移っていたりする。そうでない場合でも、話がわかりにくい。話の伝わりにくい人って、たいてい情報を一度に伝えようとしすぎなんだろうと思う。それも、ことの起こりから、起こったことをすべて、もれなく、伝えようとする。父の話し方がまさにそれ。そして、これはわたしの悪い癖なのだろうが、聞かなくていいことは聞かないで、テキトーに返事をしたり、返事をしなかったりする。それでコイツわかってないなと父の説明がさらに詳細になってわけがわからなくなり、うるせーよとわたしがさらに聞かなくなるという悪循環。家族ゆえの不幸というやつですか。それとも親不孝というやつですか。


午後、散歩に出かけた。わたしのよく歩くコースは山と川で、今日は川のほうへ。



謎のオブジェ。左のいちごはいたみかけているような感じ。



破損しているみかんが撤去されていた。



川に出る。手前は河川敷の水たまり。風がないので鏡のように空を映していた。



堤防の水たまりにも空。



このあたりで、よく魚をすくっていた。いまは水辺まで行けなくなっている。


川辺を離れてみる。


咲いてた。スイセンは姿がすっきりしていて好きな花。



ちょっと好きな感じ。しかし、みかんいっぱい生ってるな。



牛と、かばんと、……コウノトリは?



ごみ置き場に大根が生えていた。



これは廃川。夏にカワセミを見たところ。カワセミはいなかったけど、カルガモやカイツブリがいた。



堤防を歩いて戻る。だいたい2時間くらい歩いていた。


川を見るのが好きだ。海も嫌いじゃないけど。単純に、歩いて行ける距離に海がないというだけのことのような気はする。生きて動いている水が好きなんだと思う。いや、たまり水もわりと好きだぞ。さあ、わからなくなってきました!……どうやって締めるんだこれ。もういいや、地面にある水が好き、ってことにしとこう……いや、滝もなかなか……あっ、雨もいいよね、それと霧!霧はいいぞ!……泥沼化の様相を呈してきました。埒が明かないので、寝ます。それでは皆さま、ごきげんよう、さようなら!(強引だな)