2017-03-20

日々雑記 2017 Mar. #2

11日(土)

またこの日がめぐってきた。毎年のことだけど、わたしはあの時間に黙祷はしない(といって、もちろん、あの時間に黙祷する人々に対して、わたしは反感などまったく持っていない)。災害を体験していないわたしはわたしで考えて、勝手に亡くなった方々を悼み、被災地の復興を願う。ささやかながら寄付もする。今のわたしはあのころよりも貧乏だし、かの地は遠いしで、なかなかかなわないけれども、あの年の初夏、美しい新緑の季節に旅行しようと計画していたかの地をいつか訪れることを夢見ている。それはこの日、この時間に限られたものではない。だから「黙祷をささげましょう」なんて、あなたがたの体面を保つために、おざなりに形式を強要しないでほしい。頼むから。


12日(日)

法事の日の朝は、般若心経&御詠歌ではじまる。不慣れなウチの父が先達をやるとだんだんテンポが速くなっていくのが面白い(とか他人事にしてる場合ではないのだろうな)。坊さまに来ていただいて経をあげていただいたあと、寺に移動。暖かい日だけど、さすがに寺の本堂は天井が高くてひやっとしていた。昼過ぎにお斎。わたしのぶんは事前に連絡して、素うどんにしていただいた。麵好きの姪っ子たちに羨ましがられたが、わしゃキミたちが羨ましいんじゃよ。

夜、帰洛。帰りの電車で岸本佐知子 / 三浦しをん / 吉田篤弘 / 吉田浩美『『罪と罰』を読まない』(文藝春秋)を読んだ。ドスト氏の『罪と罰』はたしかに読んだ(それも2回)はずなのに、なぜか記憶が怪しく、読まずに語る四人の妄想炸裂推理を楽しむことができた。しかし記憶がたしかであれば、さらに楽しめたことだろうと思う。読後の座談会では、さすがは読み巧者の面々、鋭い指摘が相次ぎ、あれってこんなに面白い本だったのかと目を開かされた。あと、あれ笑ってよかったんだなあ。当時、若かったわたしは、近代文学史に輝く傑作というからには、真面目に読まなきゃと思っていた(いまはそんな風に考えたりしてません)ので「なんだこれ」と困惑したのだった。この本、最初から最後まで面白かったけど、特に笑った発言は、「出てくる人がみんな頭おかしい」(三浦氏)と「わたし、読んでいるあいだ、『いきなり帰るマン』っていうあだ名をラスコにつけてたんですよ」(岸本氏)。あー、そういやラスコーリニコフって、他人との話の最中に、いきなり帰ったり失神したりしてたわ、うん。これは『罪と罰』、再読せねば。


4163903666『罪と罰』を読まない
岸本 佐知子 三浦 しをん 吉田 篤弘 吉田 浩美
文藝春秋 2015-12-12by G-Tools


13日(月)

うーん、今日は胃も痛い。ということで砂鍋デビュー戦は、粥。


土鍋炊きの粥はよいものですね。しかもこの鍋は手付きなので扱いやすくていい。腹具合がよくなったら、ごはんを炊いてみよう。

昼は素うどん。



午後、本の仕分けに着手。段ボール5箱ぶんの処分本が出た。それでもまだ本棚に入りきらない本が7箱分ほど。いや、まだ押し入れの中を見てないから、もっとか。

ホコリと花粉で鼻がたいへんなことになっている。腰も危うくてもうヨレヨレ。

粥を食べて布団に入る。


14日(火)

昨夜眠れなくて、アデライダ・ガルシア=モラレス『エル・スール』(インスクリプト)と、アダム・カバット監修『芋地獄』、棚橋正博監修『人魚なめ』(小学館)という、めちゃくちゃな取り合わせの読書をした。以下覚え書き。

『エル・スール』はビクトル・エリセ監督の同名映画の原作。静謐なトーンは映画と共通するものだったが、父と娘の相互の感情の深さと孤独は、映画のほうにより強く感じられたように思う。また映画版では、娘が南(スール)を訪れるエピソードが省かれているためか、父の謎がさらに大きい印象あり。彼が決して故郷に帰ろうとしない理由を「政治的な理由」であると告げる人物が映画版にはいるということも、謎を増す要素であるかもしれない。小説版では、彼が隠していた手紙に、これが理由であるのだろうと思われることがはっきり書いてある。登場人物や設定は若干の相違があるのだけど、娘が子供のころ、父に探してほしくてベッドの下に隠れるエピソードは共通している。娘の姿が見えなくなったと家のなかが大騒ぎになるが、父はそれを知りながら書斎から出てこず、その後父娘の関係が変わっていく契機になる場面。小説版ではただ書斎から出てこないだけだが、映画版ではたしか、床をゆっくり何度も杖で叩く音が書斎から聞こえていた。彼には彼の大きな苦痛があるのだということをその音が伝えているように感じられた。まあ、長いことこの映画を観ていなくて、そのあたりなんともいえないので、ぜひ観なおしたい。小説版については、実はわたしは全編モノローグで、それも誰かに向かって語りかけるスタイルの小説は苦手なのだけど、本作は佳品と感じた。「私たちは影でないものなど愛せるのだろうか」(ヘルダーリン)というエピグラフや、「私たちに共通するのが悪という要素であることによって[も]、あなたと私は一心同体という気がしていました」という部分の、この「悪」ということについて考えてみないといかんなと思うなど。

4900997218エル・スール
アデライダ ガルシア=モラレス Adelaida Garc´ia Morales
インスクリプト 2009-02by G-Tools

B00VRGXLU2エル・スール HDマスター [DVD]
IVC,Ltd.(VC)(D) 2015-06-19by G-Tools

『芋地獄』、『人魚なめ』は、黄表紙スゲー!という感想。とくに山東京伝がブッ飛んでる。「人魚なめ」(原題:「箱入娘面屋人魚」 山東京伝 作 北尾重政 画)の人魚は、浦島太郎が乙姫さまという妻がありながら、遊郭の鯉との間になした子で、しかも龍王にバレたら怖いってんで品川沖で捨てた、ってサイテーですねこの男は。しかし黄表紙本は、見る機会があっても文字が読めなかったりするので、こういうの、ほんと助かりますね。『芋地獄』所収の「化け物の嫁入り」(原題:「化物の娵入」 十返舎一九 作 勝川春英 画)、結納の品のひとつが「自らの金〇(八畳敷きのアレね)でぐるぐる巻きにされて水引をかけられた狸」……絵面がスゴい。ちなみにこの狸が扉絵。祝宴の座敷は、その狸の〇玉を、八畳に広げて、その上で……なんというかすごい。

4093882975江戸マンガ 1 芋地獄: 芋地獄/人魚なめ
アダム カバット
小学館 2014-06-12by G-Tools

4093882983江戸マンガ 2 人魚なめ: 妖怪大集合
棚橋 正博
小学館 2014-06-12by G-Tools


15日(水)

朝うどん。


素うどん(つゆは昆布茶+醤油)。

昼うどん。


ねぎ煮込み。

晩うどん。


白菜も入れてみた。

うどん飽きたな、さすがに。


17日(金)

昨夜12時前に就寝、3時前に目覚める。努力はしたけど眠れず、起きて作業することにした。7時ごろ眠気がきた(遅いよ)が、午前中には仕上げてしまいたいので、作業続行。
昼前には仕上がったので、昼から外出。交通費を節約すべく30分歩いてJR駅へ。

行った先で目的地が見つからず、ぐるぐる歩くこと30分、「ここか!?」と思って訪ねた先で、「ここじゃないです」といわれ、がっくり気落ちしたけれども、よく間違われるらしく、そこの方が丁寧に道を教えてくれたうえに、あらかじめ用意してあった地図を下さった。ありがとうございました。

用事を済ませ、電車で最寄りのJR駅まで帰り、そこからまた30分歩いて帰宅。あれやこれやで緊張したこともあり、このところついぞ訪れなかった眠気というものに久々に襲撃され、10時過ぎ就寝。


18日(土)

昨夜早く寝ついたけれども、なぜか2時ごろ目が覚めてしまったので、シオドア・スタージョン『輝く断片』(大森望 編 河出書房新社)を読む。最初の「取り換え子」はけっこう面白いが、次の「ミドリザルとの情事」と「旅する巌」は、どうだろう。「ミドリザル~」のフリッツという登場人物の「理解者」である自分に自信があるあまりに、当事者が異議を申し立てても聞く耳を持たないという造形は、かなり興味深いのだけど、オチはそんなに(解説に書かれてあるように)笑えるものだろうか。「旅する巌」なんてやっつけじゃないの?と思ってしまうくらいだし。

4309621864輝く断片 (奇想コレクション)
シオドア・スタージョン 大森 望
河出書房新社 2005-06-11by G-Tools

夜が明けてまいりました。粥とうどんには飽きてしまったし、腹具合もましになってきたような気がするしで、朝はスープにしてみた。


じゃがいもと玉ねぎとカリフラワーのスープ。

昼は


やっぱりうどん。そろそろたまごなど入れてみてもいいか。

夜は


白粥。おお今日は三食違うメニューだ。


19日(日)

今日は歩いて行けない(不可能ではないけど歩いて行こうとは普通は思わん)場所に出かける。定期を使わなくなってから、用事はまとめて済ますようになったなあ。

まずは京都文化博物館へ。チケットをいただいたので「戦国時代展」と、成瀬巳喜男監督の映画『鶴八鶴次郎』を。博物館の周辺では、アートフリマ開催中。ゆっくり見たかったけれども、お金もってないし、チラ見するだけでさっさと入館。

いや、『鶴八鶴次郎』は凄かった。学生のころに一回観たことがあるのだけど、そのときは「なんか普通の映画」と思ってしまい、それっきり。今回観なおしてみたら、カメラの位置から動きからカット割りから、もうなにもかもが完璧で、あのとき「普通」に見えてしまったのは、もしかしたらそのせいかもと思った。ぜんぜん普通じゃないよ凄いよ。どこがどう、といわれるとものすごく説明しにくいのだけど。「観て!」というしかないですね。心中で、あのときはほんとうにごめんなさいと謝ってしまった。
乱暴な、というかナイーブな言い方をすると、映画や文学(もちろんその他なんでもいいけれども)で、その凄さがわかりやすいものには、どこか飛びぬけて異様だと感じ取れる部分があるものなのではないかと思う。これ以外の選択肢が考えられないほど完璧であると、かえって凄さに気づきにくいというか。
……『鶴八鶴次郎』が凄すぎて、「戦国時代展」をあんまり覚えてませんすみません。

帰りにいつもの書店で、本川達雄『ウニはすごい バッタもすごい』(中公新書)を買い、ダニエル・チャモヴィッツ『植物はそこまで知っている』(矢野真千子 訳 河出文庫)を注文、ホクホクして帰宅。さっそく買ってきた本を開くと


巻末に本川先生の作詞作曲の歌が!7曲も!度肝を抜かれたが、せんせい「歌う生物学者」としてつとに有名なのだとか。動画を紹介してくださった方もいらして、見入ってしまった。いまわたしの頭の中では「いきもーのは円柱形(円柱形っ!)」という歌がエンドレス再生中。どうしてくれよう。

4121024192ウニはすごい バッタもすごい - デザインの生物学 (中公新書)
本川 達雄
中央公論新社 2017-02-19by G-Tools


4309464386植物はそこまで知っている: 感覚に満ちた世界に生きる植物たち (河出文庫)
ダニエル チャモヴィッツ Daniel A. Chamovitz
河出書房新社 2017-03-07by G-Tools


20日(月)

朝は白湯。おいしい。




ねぎたまごうどん。

晩はいよいよごはんを炊いてみることにした。


洗ってざるにあげておいた米、水を鍋に入れ、蓋をして中火にかける。


写真ではちょっとわかりにくいけど、蓋の穴から湯気が出てきたら、ごく弱火にして約10分、ぴちぴち音がしだしたら、10秒くらい強火にしてから火を止める。


覗いてみたいが、ここで蓋を取ってはいかん。15分ほど蒸らすのだ。


はい。


底から混ぜる。


梅干しと白菜の味噌汁といただきました。んまい。

二重蓋の鍋でないとうまくいかないかと思っていたけど、最初だけ気をつけてさえいれば、あとはほったらかしで、吹きこぼれることもなく炊けた。えらいもんだ。それにしても砂鍋、大活躍である。

2017-03-10

日々雑記 2017 Mar. #1

1日(水)

3月に入ったのでもろもろのことに本気を出そうと、LibreOffice Calcで家計簿をつくってみた(要するにいままで放置していた)。自作なので、「書籍費」なんてものを独立した費目として設定できるわけだ。これで支出における書籍購入費用のパーセンテージなんてものを見たりなんかすることができるわけで、ほぼ怖いもの見たさである。保存するときに「家計簿」と名前を付けるのがなんか恥ずかしくて、「おこづかいちょう」にしてみたら、ばかみたいに見えた。「出納帳」にした。


2日(木)

家計簿を微調整しているが、Calcには、Excelにある入力規則で日本語をオフにできるという意外と便利な機能が実装されていないらしいということがわかった。あと結合セルはオートフィルで連続入力できない。ビミョーに使いにくい。日付と曜日は毎回手入力か……
今日は買い物に行ったので、自作家計簿のテスト。まあたいして複雑なモノではないので、動かんかったらおかしいわけだが。しかし、家計簿というのは、無駄な出費を可視化して倹約につながるものであるはずなのに、自作のものが動作するのがたのしくて、いろいろ買ってしまいそうで怖い。とはいえ固定支出(家賃とか、奨学金返済とか)を入力しただけで卒倒しそうになったですよ……せいかつしていくって、きびしいね……


3日(金)

明日食べるフレンチトーストを仕込む。


我が家のフレンチトーストは、たまご液に長時間漬け込んだりせず、あるフランス人に教わったとおり、牛乳にさっと浸してから溶きたまごをからめて焼く別漬けタイプなのだけど、たまには漬け込みタイプもやる。年に1回くらい。別漬けタイプと違って思い立ったらすぐつくれるというわけにはいかないが、これはこれでおいしい。

4日(土)

朝。


フレンチトーストとりんごのソテーは全体にシナモンシュガーかけたら味にメリハリがなくなった(そらそうだろ)。飲み物はストレート紅茶。

昼。


トゥール豆のスープ。

夜は湯豆腐。深夜、某呟き処で仲よくしていただいている方のラジオ配信を聴く。音楽や文学に造詣の深い方で、興味深く聴かせていただいたわけだが、ライブでまとまった話ができる能力の凄さよ。わたしなどなんにもないところから話し始めると、必ずとっ散らかるので、人前で話をするとき(及び電話するとき)は、話すことをまとめておかないと不安だし、たいてい準備不足で終わったあと再起不能になりそうになるので、ただただ凄いなあと感心していた。とっ散らかるといえば、短文はともかくとして、なにかについてある程度まとまったものを書くときもそうで、あっちこっち思考が飛んでしまうので、とにかく書き散らして、あとからそれを切ったり貼ったりというやり方しかできない。卒論とか修論はそれでほんとうに苦労した。まえにやってたブログでも、映画の感想など観てから半年後にアップしたりするので、ほんとに誰の役にも立たないブログだったとしかああまた再起不能になりそうだ。


5日(日)

布団に入ったものの、どうにも眠れなかったので眠ることは諦めて、確定申告書作成やら8日締め切りの仕事やらをしていたら夜が明けた。昨日のフレンチトーストの残りを食べてから本を読み、少し眠った。

昼。


ねぎたまご炒飯と、インスタントのがごめ昆布入りスープ。仕事の続きをしようと思っていたが、食べたらなぜかやる気が消息を絶った。


6日(月)

明後日締め切りの仕事をしていたら、だんだん体内に毒が溜まってくるような気分になり、スパイスティーをがぶ飲みしながらやってみたところ、意外と気分が改善した。えらいもんだ。日付が変わる前に仕上がった。めでたい。めでたい気持ちの高まりで、砂鍋をネットでポチってしまった。1,900円也……


7日(火)

夜から腹痛。寝てしまう。


8日(水)

よくあるハライタだと思っていたら、早朝から盛大に腹がぶっ壊れている。水とスポーツドリンクくらいしか入らない。

砂鍋が届いた。蓋に一か所小さなカケ、二か所ヒビ。中国製だしまあこんなもんだろう。小麦粉を溶いた水に浸けておく。


9日(木)

うーむ、腹から絶え間なくきゅーきゅーいう音が。小さいイルカが腹の中に住んでいると思えば気にはならない。(そんなことはない)

朝。


梅干しが沈んでしまうくらい薄い粥で様子をみる。が、すぐ下してしまった。なんだこれ。小学生のころ、春休みの初日に大腸炎で倒れてほぼ1か月寝たきりになったことがあった。あれに比べれば、今回は歩けるし、なんなら仕事もできるので(しないけど)マシなのだが、今日はぜいむしょにいかねばなんねえ。どうする? いやまあそりゃ15日までに行けばいいんだけど、ギリギリになると混むし、ただでさえマイナンバー確認作業で例年より時間かかるらしいし、明日は他のおやくしょやらなんやらにもいかねばなんねえし、もうサッサと提出したいわけですよ。2月中にやっときゃいいのにという正論に貸す耳はございません。

昼、とりあえずスポドリ飲んで、大丈夫そうなのを確認して出掛ける。やっぱりかなり待たされたものの、申告書は問題なく受け付けていただいた。

食べなければ下すこともないらしいので、帰りに周辺を歩きまわってみた。

摩利支尊天堂のあるお寺のシンボルは、猪。


六波羅蜜寺。


死んだ母親が子に食べさせるため、水飴を毎晩買いに来たというお店。現在は固形の「幽霊子育飴」を販売。


看板が素敵。


すぐそばには六道の辻の碑。


六道珍皇寺。


本堂の右の方から、小野篁が冥府に通うのに使ったという井戸を覗いて見ることができる。


ブレちゃった(スマホカメラに不慣れ)。右端の注連縄が張ってあるのがそれ。

お約束というかなんというか、まあ一応、八坂の塔もね。


綿あめがすごい。


お店の前に置かれた鉢植えの梅が満開。

帰りに駅でBOX式の証明写真撮ったのだけど、寒かった今日、歩いてたのが動きを止めると、どうしてもメガネがくもってしまうわけで、「準備ができたら『撮影する』にタッチしてください」の状態でくもりをなんとかしようとしていたところ、「では撮影します。3、2、1、」と勝手にカウントダウンを始めてくれて、1枚目はメガネなしで撮られてしまった。タッチしてないんですけど。待ってはくれないのですか。「メガネの人モード(30秒増し)」があればいいのに。

某呟き処のわたしのTLで、なぜか胃腸炎やアピタイト・ロスが流行している昨今、栄養ドリンクとして甘酒が推奨されていたので買ってきた。


ワンカップ甘酒。もう少しだけ様子見てから飲もうと思う。

浸けておいた砂鍋を水洗いして水気をふき取り、小麦粉水で目止めをする。


蓋は別鍋で煮た。これでごはんを炊くのが楽しみだが、まずはハラがなんとかならんと……


10日(金)

腹具合はまだよろしくない。朝はスポドリ、昼はやわらかく煮たうどん。

午後、三つの用件を済ませてしまおうと外出するも、達成一件。ダメだこんなことでは。

スポドリ飲んで寝ましょう。明日は家庭の事情で、実家へ。

2017-02-28

日々雑記 2017 Feb. #3

21日(火)

昨夜眠れず、朝方2時間ほど眠ったときに妙な夢を見たので、メモしておいて夜に上げる。( → 「竹眼鏡」 ) 前の夢のほうが盛りだくさんだな。動物も出てくるし。( → 「獺和尚」 )書いておいてなんだが、見た夢に需要があるのは漱石先生や百閒先生たちだけだろうな。しかし夢って、なんというか、奥行きがないんじゃないかなあと思う。それこそ表層しかないような。自分の夢だけでなく、『夢十夜』にせよ、『冥途』にせよ。夢は見たままそれだけのものだという気がおおいにする。たぶん隠されたものなどないのだろうよ。F先生には悪いけど。


23日(木)

朝。


焦げパン食べたら出かけます。

兵庫県立美術館。


なんか違和感あるなと思ったら、アイツがいない。


こいつね。(「美(み)かえる」という名らしい)


風が強いので空気抜かれたのだろうな。

『アドルフ・ヴェルフリ [二萬五千頁の王国]』を観に行ったのだけど、まずは美術館を素通りして、JICA食堂でお昼。今月のエスニック料理はセルビア料理。


720円也。


写真とスープの量がちがう気がするけど、まあ気にせず。

さてヴェルフリ。


いやー、すごかった。隙間という隙間を埋め尽くさずにはおれない心というのはなんなんだろうな。多彩なトーンもあるのに奥行きが一切ない自分曼荼羅。映像とともに「葬送行進曲」の朗読が延々と流れているコーナーは、精神的にきつかった。

観終わったら美術館をぐるぐる歩く。


隙間から見える空と、その色を映す窓。


隙間から見える海。


螺旋はいいね。

外のベンチであったかい飲み物を飲みながら、ハトを眺める。


と、ハトに見つかる。次々と飛んでくるのだけどこっちには飲み物しかない。


なにももらえないと悟り、去っていくハトども。

帰りに南京町に行ってみたところ、中国人観光客が多くて不思議な感じがした。もっと和な感じのところに行ったほうがよくない?かえって珍しいのだろうかね。


24日(金)

本日の晩酌。


大根おろしに叩いた梅干し、いりごま、花かつお、焼きばら海苔、天かすを混ぜ込んで醤油で味つけ、一味唐辛子をふった。このアテ最強である。


25日(土)

『ティラン・ロ・ブラン 1』、59章まで読んだ。イングランド王の婚礼の祝賀武術試合で死者150人超……ティランに嫉妬した騎士との小競り合いで、死者12人……野蛮ですこと。今日のハイライトは、木造岩山(何をいってるのかわからないと思うが、こちらとしても何が書いてあるのやらわからない)の城にて。
王女のお部屋には黄金にエナメルを引いた乙女の像がありました。乙女は両手をおろして陰部を覆っており、そこから特製の上質白ワインが流れ出てクリスタルの水槽に注いでいます。
P. 178
これは……趣味、いいんですか??? ちなみに赤ワインはといいますと、「ひどく不格好な小人の像」のへそからほとばしり出てます。すごい……


26日(日)

アサヒビール大山崎山荘美術館へ。2度目のロベール・クートラス展。今回、山荘の概要をゆっくり読んでいたら、こんなことが書いてあった。加賀正太郎は建築中の山荘を見に来た夏目漱石に、山荘に名をつけてほしいと依頼、漱石は14通りの名を考案して送ってくるが、加賀は採用せず、地名を冠し「大山崎山荘」とした……って、ちょっとこれひどくない?

美術館のあとは、マンポを探して右往左往しました。( → 「大山崎 散歩でマンポ」 )

『ティラン・ロ・ブラン 1』本日のハイライト:ティラン、犬と戦うときも騎士らしく正々堂々、丸腰の相手だからと武器を使わず戦い、犬を噛み殺す。……なんなんだこの人は。


27日(月)

『ティラン・ロ・ブラン 1』読了。おおらか、ってことでいいのだろうか、張っておいた伏線を回収しなかったり、「〇〇の理由については長くなるので省く」とかいったり。いや、そこ知りたいんですけど。「シチリア島、ロードス島のティラン」のパートはなんとはなしにラブレー風味。全員メチャクチャである。ティランくん、騎士はそんなことしていいの?そして本日のハイライトは、巨大な騎士キリエレイソン・ダ・ムンタルバーの死に様。開いた口がふさがりませんでした。マジで。


4003273818ティラン・ロ・ブラン 1 (岩波文庫)
J.マルトゥレイ M.J.ダ・ガルバ 田澤 耕
岩波書店 2016-10-19by G-Tools


28日(火)

明日に違いないと思い込んでいた(要するにまったく手を付けていなかった)締め切り、恐る恐る見てみたら来月8日であることが判明。またしまい込む。(ダメだ)

夜、用事のついでに買い物をしてきたが、かばんにエコバッグが入っていなかった。まあ量も少ないからと買ったものをかばんに詰め込んでみたものの、白ねぎだけはどうしようもなくて、抜き身(?)をこう握りしめて帰ってきたのだけれども、そんなとき、いつもの道はいつも以上に人通りが多いように感じられるものだな(気づき)。