2015-03-04

うまそうなのはロッシャの本

2015年を「我が家におけるロシア年」と決め、「生活にロッシャを!」をスローガンにロシアっぽいことを試している麩之介です。皆さまいかがお過ごしですか。


ロシア年記念行事といったところで、我が家でできることなんて、①ロシア文学を読む  ②ロシア映画(ソ連映画を含む)のビデオ鑑賞 ③ロシア料理をつくって食べる くらいなわけで、今回はロシア料理に焦点を当ててお送りしましょう。というのも現在①、②の進捗が思わしくなく、③のみ快進撃という状況なのでございました。


さて、ロシアの食べものといって多くの人が思い浮かべるのって、ピロシキとボルシチくらいなのではないだろうか(だがボルシチは実はウクライナ料理だ)。まあわたしがそうだからといってほかの人もそうだと決め付けるのはいかがなものかと思い、6人にインタビューしてみたら100%そうだった。サンプル数6で決め付けるのもいかがなものか、ではあるのだけど。うち一人はビーフストロガノフを挙げた。そうだ、これを忘れていた。しかしこれ「ストロガノフ」部分はロシアっぽいけど、「ビーフ」部分はロシアっぽくないよ? ロシア語でも牛肉を「ビーフ」っていうの? それともロシア語に「ビーフ」という言葉があるとして、その「ビーフ」はもしかしたら「牛肉」じゃないなにか別のものとかいう可能性ない? あと、割と料理に詳しい人でも、ひょっとしたらそのほかにブリヌィとペリメニとシチーの名前が挙がるくらい? じゃないの? あと、昔から疑問だったんだけど、サモワールってお茶入れるときに使う湯沸し、あれなんであんなに大掛かりなの? やかんでよくない? これみんな偏見?

かようにロシア料理には謎が多いのだが(←これが偏見)、ロシアの小説なんぞを読んでいて食べものが出てくると、それがどれもこれも、もうほんとうに美味そうなのだ。

 毎週土曜日にはプストヴァーロフとオーレニカは教会の終夜祈禱式に通い、祭日には早朝のミサに出かけた。教会から帰ってくる二人は敬虔な顔つきで並んで歩き、二人からはかぐわしいお香の匂いがし、オーレニカの絹のドレスはかさこそと気持ちのいい音を立てていた。家に帰ると二人はバター入りのパンを添えて、いろんなジャムを入れたお茶をいただき、それからパイを食べた。毎日お昼になると、この家の前庭や門の先の通りにまでかぐわしいボルシチや焼いた羊や鴨の匂い、精進日には魚料理の匂いがただよい、その庭先を通ると必ずご相伴にあずかりたいなという気になるのだった。事務所ではいつもサモワールの湯がわいていて、買い付けにやって来る客にはお茶とドーナツ・パンがふるまわれた。週に一度、二人は風呂屋に出かけ、上気した赤ら顔になって仲良く連れ立って帰ってきた。

     (「かわいいひと」 チェーホフ / 浦雅春 訳 河出文庫 『馬のような名字』所収)

馬のような名字 チェーホフ傑作選 (河出文庫)
アントン・チェーホフ 浦 雅春
4309463304

ね? これ! ね? どうですか! どうなんですか! ねえ!

もうひとつ。

 「とうちゃん、かきってなあに?」と、ぼくはくりかえす。
 「そういう生きものだよ。……海にいるな……」
 ぼくは、とたんに、この見たことのない海の生きものを、心の中でえがいてみる。それは、きっと、さかなとえびのあいのこにちがいない。そして、海の生きものというからには、それを使って、かおりの高いこしょうや、月桂樹の葉を入れた、とてもおいしい熱いスープだの、軟骨を入れたややすっぱい肉のスープだの、えびソースだの、わさびをそえたひやし料理などをこしらえるにちがいない。……ぼくは、この生きものを市場から運んできて、大いそぎできれいに洗い、大いそぎでおなべの中に入れる光景を、ありありと思い浮かべる。……大いそぎで、大いそぎで……みんな、早く食べたがっているのだから。……とっても食べたがっているのだから!

     (「かき」 チェーホフ / 神西清 訳 岩波文庫 『カシタンカ・ねむい』所収)

カシタンカ・ねむい 他七篇 (岩波文庫)
チェーホフ 神西 清
4003262352

すみません、またしてもチェーホフですみません(我が家にある売却を免れたロシア文学は、チェーホフとドストエフスキーとナボコフで、といってナボコフは「ロシア文学」というべきかどうか……そしてドスト先生の本には美味そうな描写がまずないという……)。これ、かきを、食べるどころか見たことさえない子供が想像してるところなので、実際の食べものではないのだけど、翻訳の日本語が素晴らしすぎて身悶えする。なんと美味しい文章であることか。また「……大いそぎで、大いそぎで」のあたりから、この子の「空腹」という現実が想像に侵入しはじめ、その場に実際に漂ってくる飲食店の食べものの匂いから、小雨模様の秋の日に夏外套を着て震えている父親の様子につながるところなんて、チェーホフの上手さに惚れ惚れする。

よし、もうひとつ。

ブリヌィはこんがりいい色に焼けて、いくつもぷつぷつ穴があいており、商人の娘の肩のようにふっくらとしていた……。ポドティキンは嬉しそうににっこりし、喜びのあまりしゃっくりをすると、熱いバターをブリヌィ一面に塗った。それから、わざと食欲をかき立て、前もってわくわくした気分を楽しむかのように、ゆっくり間をおきながらイクラをなすりつけた。イクラの行き渡らなかったところにはスメタナを塗った……。あとは食べるだけ。そうではないだろうか。いや、違う! ……ポドティキンは自分の手作業の成果を眺めたが、満足できなかった……。ちょっと考えて、いちばん脂っこそうなサーモンの切り身と、サッパと、イワシをブリヌィに載せると、うっとりして息を弾ませながら二枚ともくるくると筒状に丸め、気持ちを込めてウォッカを一杯飲み干し、喉を鳴らして、口を開いた……。

     (「無常について」 チェーホフ / 沼野恭子 訳)

これは実は、『ロシア文学の食卓』(沼野恭子 NHKブックス)からの孫引きで、この本には多くのロシア作家たちの、それこそ涎が出そうなほど美味しい文章がてんこ盛りなんだけど、もうこうなったらチェーホフでいくしかないな、と意味不明の使命感のようなものが出てまいりまして……いらないんですけどね、そんな使命感。

ロシア文学の食卓 (NHKブックス)
沼野 恭子
4140911263

ま、それはともかくとして、サッパってなんなんだかサッパりわからなくてなに食べてるか謎なのも、あああもうダジャレなんていうんじゃなかったという消え入りたいような思いも、ともかくおいておくとして、なんか盛大に美味そうでしょ? ね? ね?

こうなるとどうしたって食べてみたくなるのが人情というもの。そうではないだろうか。ああ、そうだとも! しかし、調理法も味も、素材さえも想像の埒外にあるロシア料理の壁にくじけそうになる。かろうじて知っているブリヌィさえ、焼き方が難しく、ロシアには「初めて焼くブリン(ブリヌィの単数形)は団子になる」ということわざ(「なにごとも最初は失敗がつきものである」という意味)もあるとか。しかし案ずるな。われわれにはシチーがある。シチーといえば、ドスト先生の『罪と罰』にも出てくるのだ。美味そうな描写はないけど(しつこい)。

 「悪いけど、ナスターシヤ、ほら、これで」彼はポケットのなかをまさぐり、(彼は服を着たまま寝ていた) 銅貨をひとつまみ取り出した。「白パンを買ってきてくれないか。それに肉屋でサラミを少し、なるたけ安いのを」
 「白パンはいますぐ持ってきてあげるけど、サラミの代わりにキャベツのスープはどう? けっこうおいしいわ、昨日のだけど。ゆうべからあんたに取っておいたんだけど、帰ってきたの遅かったでしょう。けっこういい味よ」

     (『罪と罰 1』 ドストエフスキー / 亀山郁夫 訳 光文社古典新訳文庫)

罪と罰〈1〉 (光文社古典新訳文庫)
フョードル・ミハイロヴィチ ドストエフスキー 亀山 郁夫
4334751687

この「キャベツのスープ」がロシア人が毎日でも食べるというシチーだ! 毎日食べるものがそんな難しいわけがないではないか。シチーだ、シチーをもて!という声が虚しく響いた独居中年家庭。……さ、つくってみましょうかね、シチー。


とはいえつくり方はまったく知らないので、グーグル先生にお伺いをたてることにする。「シチー 作り方」と先生に尋ねると、次の検索結果を表示しています:  シチュー 作り方」(試訳: 「きみ、もしかして打ち間違えたりしていないかな? シチューの作り方を知りたいんじゃないのかい? それならこうだよ」)とまずお答えくださる先生。そんな先生の思いやりに感謝するどころか、「余計なことすんじゃねーよ、こちとらシチューの作り方なんざ聞いちゃいねーんだよ!」と暴言を浴びせ、親切な先生が残しておいてくださった「元の検索キーワード: シチー 作り方」(試訳: 「でもきみがシチーの作り方を知りたいんなら、こっちで教えてあげようね」)を乱暴にクリックするわたしをとがめることもせず、優しく「シチー」の作り方をいくつも紹介してくださる先生。先生の海のごとき広き心に触れ、「先生……ごめんよ先生!オレ、先生みたいに、人に優しくできる人間になるよ!」……心を入れ替えてシチー作りに打ち込むわたしを、先生は優しく見守ったりすることはもちろんなく、わたしも精進に精進を重ねて立派なシチー職人になったりはしない、という以前にシチー職人という存在が確認できないのだが、そんなことはどうでもよろしい。


グーグル先生が教えてくださったシチー(シィーという表記もあり)は、総合すると、まあ要するにキャベツがメインの野菜スープのことで、キャベツさえ入っていればほかにどんな具材が入っていてもいいらしい。
これならできそうだ。
シチーは夏場は生キャベツ、冬場は保存食の発酵キャベツでつくるそうな。生キャベツは年中あるけど、せっかくなので発酵キャベツでつくってみたい。発酵キャベツったって、たいして難しいものではない。キャベツは塩漬けにすれば勝手に乳酸菌発酵するのだ。ザワークラウトの酸味はソレで、わたしは学生時代にドイツ語の先生に教わってつくったことがあるけど、じつに簡単にできてしまったので驚いた。


ということで、まずはロシア風発酵キャベツをつくることにした。

これにもきまったレシピはないようだ。キャベツ+塩が基本で、その他にんじんやトマトやりんごを入れたり、砂糖や香辛料を入れたりと、わりと自由。基本セット+にんじんでつくってみよう。



1. キャベツとにんじんをせん切りにする。


 ……瓶詰めのザワークラウトを使えば面倒なことは一切ない、ということに気づいたのは、キャベツまるまる1個をせん切りし、にんじんを削り終わってからだったが、それについては振り返らず前に進むことにしたので、もしもシチー をつくってみようと思われた方がいらっしゃるなら、どうぞご遠慮なくわたしの屍を跨ぎ越えて行ってください。

2. 気を取り直して、野菜の重量の2%の塩を加えてもむ。



 もむとこんなにかさが減る。出た水分は捨ててはいけない。

3. びんにつめて、重石をする(水を入れた瓶とステンレスの皿を使用した)。



キャベツが完全に液体に浸った状態になれば重石をはずす。2、3日はふたをぴったり閉めずにおいて、これを放置すること約2週間、このあとは味をみて、好みの酸味になったところで冷蔵庫で保存、なんだけど、冬場は冷蔵庫の野菜室並みに寒い(外気温室温)我が家においてはその必要性が感じられないので、そのままにしておいた。

そして、できたわけですよ、発酵キャベツквашеная капуста(クヴァーシェナヤ・カプースタ)が。


これ、水気をしぼってオリーブオイルで和えて、パンにはさんで食べたらうまかった。


さて、懸案のシチーをば。用意するものはこういうものたち。



発酵キャベツ、生キャベツ、玉ねぎ、じゃがいも、トマト、きのこの塩漬け、にんにく、イタリアンパセリ。味のベースはホントは肉や骨などでとるらしいけど、わたしは野菜の顆粒ブイヨンを使用することにする。あと、バター、ベイリーフ、塩、生のディルがなかったので、乾燥ディルウィード。

あ、全部じゃないですよ(いわずもがなですが)。じゃがいも、トマトは1個まるまる使うけど、玉ねぎは半分、生キャベツは2枚ほど、イタリアンパセリは少々。顆粒ブイヨンは、水の量に合わせて適宜ということで。


つくりかた。

1. 鍋に発酵キャベツとざく切りキャベツ、角に切ったじゃがいもを入れ、バターを乗せてひたひたに水加減して弱火にかける。(写真がどっかにまぎれてしまった……)

2. フライパンを弱めの火にかけてあたため、バターをとかして薄切りにした玉ねぎを炒める。玉ねぎがしんなりしたら、ざく切りにしたトマトを加え、しばらく炒める。



 3.  玉ねぎとトマトをキャベツの鍋へ移す。湯を足して顆粒ブイヨンとベイリーフを加え、さらに煮る。



4. きのこの塩漬けを加えて、味をみて塩分を調整し、にんにくのすりおろしを入れて、1分ほど煮て火を止める。



できあがり。器によそって、刻んだイタリアンパセリとディルウィードを散らし、黒パンを添えました。



シチーをつくろうと思い立ってから、できあがるまで苦節2週間。思えば壮大な計画であった。さすがでっかい国の料理はスケールがちがう。「たいしたもんじゃ。えらいもんじゃ。ロッシャはたいした国じゃ。わしゃ、よう知っとった」(© 銭高老人 in 『犬が星見た』 武田百合子 中公文庫 )

犬が星見た―ロシア旅行 (中公文庫)
武田 百合子
4122008948


……まあ瓶詰めのザワークラウト買ってくればすぐできたわけだが、気にしない。


さて、食べようではないか。

うん、生キャベツだけでつくっても美味いと思う。でもやっぱり発酵したものが入ると味が複雑になっていいな。しみじみと美味い。ああ、参考にしたいくつかのレシピのほとんどに「スメタナ(サワークリーム)をかける」とあったけど、このとき入手できなかったので、そのまま食いました。まあ貧乏人のシチーという感じで身の程に合ってていいかなと。

そうそう、いま読んでいる『亡命ロシア料理』に出てくるシチーは、かぶやらセロリの根やらパセリの根やら干しきのこやら、ほかにいろいろな香草やらが入っていたりするし、スメタナと生クリームを合わせたものを添えるそうだし、「大問題なのはシチーの具の密度である。シチーはとても濃くなくてはならない。スプーンが立つくらいに」なんて書かれていたりして、そもそも「壺」(これがどれほど大事なものなのかは、ぜひとも『亡命ロシア料理』をお読みいただきたし)を持っていないわたしのつくった、スプーンなど立ちそうもないほど薄い、また添えられたのが「人の手ほどの厚さに厚切りに」した「焼きたての黒パン」でない(だって薄くスライスして売られていたものだから)これは、ワイリとゲニスに言わせればシチーなどではないのかもしれない。いつの日か彼らのレシピでも一度つくってみたい。それにはまず壺を入手せねば。でなければ、ペチカを……

亡命ロシア料理
ピョートル ワイリ
4896424581

4 件のコメント:

  1. 私、小説の中の食べたり飲んだりする描写が、大好きなんです!
    わー、もう、おいしそうおいしそう。
    これは確かにチェーホフでいくしかないですね。戯曲一冊しか読んだことがなかったので、小説も読んでみます。
    「かき」の男の子、かわいいですね。
    シチーもおいしそうです。黒パンにも惹かれます。

    『ペンギンの憂鬱』(あまり大した感想を書けませんでした…)では、シャシルィクという肉の串焼き料理が出てきましたよ。これもメジャーですか?
    作中ではそうでもなかったのですが、ネットで検索したら、なかなかおいしそうでした(*^o^*)

    返信削除
    返信
    1. 奈菜さん! コメントありがとうございます。ようこそおいでくださいました。

      >私、小説の中の食べたり飲んだりする描写が、大好きなんです!

      わたし、子供のころからくいしんぼうなので、翻訳ものの児童書を読んでは、登場する馴染みのない食べものについて、どんな味がするんだろう、とかよく空想してました。(「かき」のあの子のように)
      いちど「スープに浸したパン」のことを書きましたが、そのときに、美味そうな文章を集めてなにか書いてみたいなと思ったのです。で、たまたまロシア年なので(笑)。

      シチーは素朴で、これならたしかに毎日食べられますね。よろしければおためしください。

      『ペンギンの憂鬱』の記事、読み逃してました! 読んできます! あれ、面白いですよね!
      シャシルィク(例の男二人とペンギンの年越しの場面ですね)は中央アジアのほうから入ってきた料理のようで(「ケバブ」と呼ぶ地方もあるとか)、いまではロシア全土に浸透しているメジャーな料理だそうです。シンプルな料理ですからねー。モスクワにも屋台が出てるそうですよ。

      削除
  2. おはようございます!

    新潟はなぜかロシア料理の店が多いのですよ。たぶんロシアとの貿易が盛んだからなのだと思うのですけど。
    僕はドストエフスキーの影響でかロシア料理にいいイメージがなかったのですが、実際お店で食べてみるとなかなかいけるのですよね。
    なぜかピロシキがメニューにないので、?とずっと思っていたのです。ピロシキはもしかしてあまり食べられていないのでしょうか。

    あと、うちの近くにあるロシアのお菓子屋の店で買ったロシアチョコレート!もう、すごく不味かったの!実際ロシアでも本当に不味いのかそれともその店が不味いのか、それを確かめるだけのためにロシアに潜入してみたいくらいモヤモヤしてます。

    返信削除
    返信
    1. せんせい! コメントありがとうございます。

      ロッシャ料理おいしいですね。京都には昔から有名なお店がありまして、何度か行ったことがあります。
      ピロシキは前菜で出される小型のパイで、なんかすごいバリエーションがあるらしく、われわれは揚げたのしか思い浮かばないけど、揚げるよりはオーブンで焼くことが多いそうです。せんせいも、それと知らずに召し上がってたのかもよ。ちなみに大型のはピローク、中身が見えるのはラスチェガイっていうんだって。

      「ロシア チョコレート」でグーグル先生に聞いてみたのよ。そしたら上がってくるの、新潟の、たぶんそのお店ほぼ一択だったのよ奥さん! で、ロシアのチョコについてはこんなのが→http://tokuhain.arukikata.co.jp/moscow/2013/12/post_477.html
      「一般的なチョコ好きの日本人の口に合うものがたくさんあるかと言うと…。」ですって。でも、抜群においしいのもあるみたいですぜ旦那!→http://tokuhain.arukikata.co.jp/moscow/2014/02/18_-.html
      ぜひ潜入して真実を確かめてきてください! お便り待ってまーす!(他力本願)

      削除